漆とは、漆の木に傷をつけて採取した樹液のことをいいます。
1本の木から1年間に採取できる量は、わずか牛乳瓶1本分。これは漆椀10個分の原料に相当します。日本では、樹液を採取する職人の減少により国産の漆は希少となり、国宝の建造物や美術品などの修復に使われるのみ。現在流通している漆製品には中国産の漆が使われています。
1793年(寛政5年)創業、越前漆器の漆琳堂。8代目の内田さんは、食洗機で洗える天然漆の漆器を開発。
開発秘話や、革新的な取り組み、ものづくりへの想いなどについて
当社ビルトイン食洗機設計担当の廣松と対談いただきました。
漆琳堂店舗兼工房
食洗機対応の100%天然漆の漆椀
内田さん:当社で食洗機対応の漆椀の販売をスタートしてから9年。年々、販売数は伸びています。開発のきっかけは、11年前に福井市の商工会議所が主催する「クレーム博覧会」で、「漆器はなぜ食洗機で洗えないの?」という消費者からの疑問の声でした。
当時、福井大学では、地場産業に貢献することが課題で、県も含めた産学官連携プロジェクトメンバーに、私も入っていました。そこで「食洗機で使用できる100%天然漆」を共同開発することになりました。2年間の開発期間を経て、100%天然漆の食洗機対応の漆椀を完成させました。
廣松:食洗機は高温・高圧水流を使用します。食洗機で洗えるようにするために、どのような漆を開発されたのでしょうか。
内田さん:漆が固まるには適度な湿度が必要です。この地域は年間降水日数が全国で1、2を争うほどで湿度が高く、漆器製造には最適な環境なのですが、漆は繊細で、うちの工房からわずか数百メートル離れた工房でも環境が異なり、漆が固まるスピードが違います。ですから漆のメーカーが、乾燥スピードや漆の粘度を調整できる天然成分を配合して工房ごとにカスタマイズし、最適な漆を納品してくれています。
そういった成分を調整することで、高温で洗っても熱で漆の成分が溶け出さず変色や剥がれが起こらない、硬い塗膜の漆器が開発できました。
廣松:開発には2年もかかったとのことですが、その原動力は何だったのでしょうか。
内田さん:お客様の求めるものを作りたい一心でした。共働き家庭が増えて、家事負担って大変ですよね。食洗機を使えばその負担が減るのに、漆器が使えないのはもどかしい。食洗機対応の安価なお椀はたくさんありますが、私としては、日々の食卓を豊かにする、質の高い100%天然漆を使ってほしいという思いがありました。
廣松:同感です。私も食洗機の開発や設計の際に大切にしているのは、「お客様の生活が少しでも便利になるように」という視点です。当社のビルトイン食洗機の新商品である9 Plus シリーズには、業界初※の「液体洗剤自動投入」機能を搭載しました。実は先に、当社の洗濯機でこの機能を搭載したところ、お客様にとても好評で、食洗機にも、ということになったのですが、これがなかなか大変でした。
内田さん:どういうところが大変でしたか。
廣松:ビルトイン食洗機はシステムキッチンに組み込むため製品サイズが決まっており、国内市場では幅45cmという規格が主流です。まずは食器をセットする庫内容積は維持したまま、そこに約1か月分の液体洗剤をストックするスペースを設けることと、1回の運転で使う少量の洗剤を正確に確実に庫内に投入できるシステムをコンパクトに構築することが大変でした。
お客様視点で、洗剤容器は着脱式にして、設置位置もお客様がより使いやすい位置に。洗剤容器は残量が確認しやすい透明にこだわりましたが、実は「透明」というのは製造時の傷や汚れが目立ちやすいため、製造過程にとても神経を遣います。容器を引き出してこまめに残量を確認しなくてもよいようにセンサーを付け、上部の操作部に補充時期をお知らせする表示を設けました。
内田さん:それは便利でいいですね。1回あたりの洗剤を入れる量も自動で測定してくれるのですか。私も食洗機を使っていますが、どれぐらい入れたらいいのか私はいつも迷うんです。操作部は光るのですね。
廣松:はい、洗剤量は自動測定です。デザイン面でも新しいことにチャレンジしました。操作部は静電タッチ式で電源がオフの時は消えているのでノイズレスです。 また、従来、タンクの色は「ライトグレー色」だったのですが、新製品では、最近のシステムキッチンのデザインがシックで高級感のあるダークカラーがトレンドですので、「ダークグレー色」を採用しました。
廣松:漆琳堂さんの漆器はデザインも洗練されていてモダンな感じのものが多いですね。形はもちろん、色もカラフルなものが多く、質感もマットだったり。守るべき点と、時代に合わせて変えていく点について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。
内田さん:越前漆器は業務用漆器のシェアが全国で8割を占めています。当社も主力商品は料亭、旅館様向けで、伝統的な形、色、図案の漆器を今でも製造しています。しかしここ数年、新型コロナの影響で業務用の需要が減っています。逆に家庭向けの漆器は伸びています。
そこで、家庭向け漆器の新商品開発に乗り出した時に、伝統的な艶のある漆器が、果たして現代の家庭にマッチしているのか疑問に思いました。谷崎潤一郎の著書「陰翳礼讃」に「漆器の艶は暗闇の中でこそ美しい」とあるのですが、まさにその通りで、逆に言うと、現代の家庭のように、照明は明るく、壁紙は白く、反射率が高い環境では、艶を抑えたマットな質感の方がしっくりなじむのではないかと。漆という伝統は守りながら、現代にマッチしたデザインに変えていく。そうすることで、漆器という文化を絶やさず継承できると考えています。
伝統的なデザインの業務用漆椀
2年前から発売している食洗機対応の新シリーズ。
食洗機にセットしやすいよう高台をなくした。
廣松:日本の食器は諸外国に比べて、材質も種類もとても豊富ですよね。すばらしい文化だと思うのですが、食洗機で洗えない食器があったり、セットしにくかったりと、食洗機の普及率や利用率が欧米に比べて低い理由のひとつにもなっている気がします。
中にはセットするのが面倒で食洗機の使用をやめてしまう方もおられるので、当社としては、様々な形状の食器がセットしやすいようにカゴに工夫を凝らしたり、セットの仕方を動画で伝えたりと、普及率や利用率のアップに繋がるよう様々な方法でアプローチしています。
内田さん:当社の食洗機対応の漆器は年々需要が伸びていますが、まだまだご存じない方もおられるので、この機会に認知度がアップしてくれればなと思います。とはいえ、1点1点手作りのため、生産数にも限界があるのですが…さらに力を入れていきたいと思っています。
廣松:同じものづくりに携わる者として、共にがんばりましょう。
塗りの作業中の様子(ガラス戸越しに撮影)
顧客から送られてきた破損した漆器を修復中の様子
※国内市場ビルトイン食器洗い乾燥機において。2022年2月1日発売。
※市販の食器洗い機専用液体洗剤がご使用いただけます。但し、高粘度の洗剤は、液体洗剤自動投入ではご使用いただけません。
木から採取した漆の色はベージュ色をしています。これを濾したものを「生漆(きうるし)」と呼びます。生漆を精製すると飴色になり、これを「透き漆」と呼びます。透き漆にさらに顔料を加えることで青や黄色、緑など様々な色を作ることができます。
漆椀の伝統的な色は黒と赤。赤の漆椀を裏返してみると、高台の裏側だけは黒く塗られています。これはかつて朱の原料が貴重だったため、儀式の場や位の高い人にしか使用することが許されなかったことから、転じて赤の色そのものを下に向けることが不遜とされたことに由来します。現代では作業効率からすべて赤く塗られることもありますが、漆琳堂のように伝統を重んじる工房では、黒く塗り分けています。
書道筆や化粧筆には、イタチや羊などの獣毛を使うのが一般的。
一方、漆刷毛に使われるのは人間の長い髪の毛。柄の先から端まで毛が入っており、コシがあるため粘度の高い漆にもひっぱられることなく抜けにくいのが特徴です。毛先がすり減ってくると、先端の毛と柄を削って新しい毛を出して使うため、使っているうちに段々と短くなっていきます。鉛筆のようですね。
漆が乾く(固まる)ことを硬化といいます。完全硬化するためには、適度な湿度(およそ60%以上)が必要とされています。完全に硬化させるため、室の中の湿度を100%近い状態に保つようコントロールできるようになっています。