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名古屋のベッドタウン春日井市にあるT様邸は、南向きに2層分の開口部をとり、建物全体を包んだような大屋根が特徴のユニークな外観です。大学で「建築環境設備」を研究されるT様ご自身の知見を活かし、日差しや風、地熱など自然の力を取り入れた建物構造を工夫。そのうえで太陽光発電システムとエネファームを併用した複合発電・給湯・暖房システムを導入し、それらをHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)で管理して大幅なエネルギー削減に成功されています。省エネ住宅の専門家が考えた最先端の快適・省エネ住宅をご紹介します。
施主のT様は、中部大学工学部建築学科の准教授。建築環境設備工学がご専門で、自然エネルギーや廃熱などの未利用エネルギーと電気や都市ガスなどを組み合わせた、住宅や都市の省エネシステムを研究されています。T様はご自宅を建てるにあたり、これまでの研究成果をできるだけ取り込もうと考えられました。
T様がアイデアを出し、建築家がそれを形にするというコラボレーションで2010年春に完成したご自宅は、「日差しを制御する大屋根」「簡易ダブルスキン」※1「クール&ヒートチューブ」※2などの住宅構造の工夫で消費エネルギーを削減し、必要なエネルギーは太陽光とエネファームによるダブル自家発電で補おうと考えられました。さらにはエネルギーの使用状況などを測定・管理するHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)も装備。先進の省エネ住宅としてT様邸は、2011年の「第4回サステナブル住宅賞」国土交通大臣賞を受賞されています。またCASBEE(キャスビー)でも、最高水準を示すSクラス(大変優れている)の評価を得ています。
※1 壁を二重にしてその間の暖められた空気を外に排出する換気法がダブルスキン。T様邸の場合「簡易型」であるところが工夫のポイント。(後述)
※2 地下にチューブ(パイプ)を埋め、その中を通した空気を屋内に導入する換気法。T様邸ではここでも、独自の工夫が凝らされている。(後述)
木造軸組工法とは思えないほどモダンなデザインのT様邸。外観で最も目を引くのが建物全体を覆う大きく傾いた大屋根です。南に張り出した大屋根の軒が夏の陽射しを遮り、室内温度の上昇を抑えます。庭の芝生は太陽の照り返しを和らげ、芝生を通過して吹き込む風は、蒸散効果により温度が緩和されて室内に吹き込みます。太陽の位置が低くなる冬場は逆に奥まで陽光が差し込むよう、大屋根の軒先までの長さが計算されています。
T様邸のユニークなデザインは、太陽の恵みを上手にコントロールし取り入れるための"機能美"だったのです。
玄関を入って廊下を右手に進むと、吹き抜け空間が広がります。リビングと奥のダイニングが一体となり、1階全体と2階の一部がひとつの空間に。高さ、広さに加え南側開口部からの開放的な景観もあって、建築面積約88㎡とは思えないほど広々とした印象です。
このリビングで目を引くのが、天井から床まで届く大きなロールスクリーン。夏場の日差しを遮ると同時に、スクリーンと窓の間の暖まった空気を天井に逃がす排熱装置の役割も果たしています。ダブルスキン構造をローコストに実現した、斬新なアイデアです。スクリーン上部には特注で2列に穴を開け、暖気の抜け道が作られています。この穴から抜けた暖かい空気は、吹きぬけ上部北側のハイサイドライトへ導かれ、外部に吐き出されます。暖かい空気は上昇する原理を利用した「温度差換気システム」です。
リビングと和室の段差からは、夏でも涼しい空気が吹き込んできます。換気システム「クール&ヒートチューブ」からの風です。換気扇で取り込まれた外気は地下のチューブを通る間に、夏は冷やされ、冬は暖められて屋内に流れ込みます。地熱が年間を通じて安定していることを利用した、いわば天然のエアコン。通常は専用のチューブを設置するのですが、T様邸では基礎構造のボイドスラブ(水平方向にチューブ状の穴が並んだ床構造)をそのまま活用されました。ボイドスラブのチューブを連結し、40〜50mの外気の通り道を確保。専用のパイプを埋設するのに比べ、大幅なコスト削減となりました。
夏場の日中でも、吹き出し口からは26〜27℃程度の涼風が吹き込みます。冬は朝方の一番寒い時間帯でも室温は15℃ほど、日中なら日射も加わって25℃近くまで上がるので、床暖房だけで快適に暮せるそうです。空気の吹き出し口には自然と家族が集まり、くつろぎやコミュニケーションの場になっています。
エネルギーを生み出す「創エネ」は、太陽光発電システムとエネファームが担います。T様邸の屋上には4.7kWの太陽光パネルが設置されました。大屋根の傾斜は、太陽光パネルが最も効率的に稼動する角度に設定されています。またパネルが熱くなると発電効率が落ちるため、パネルの裏を風が通り抜けるよう屋根の桟を利用して隙間が設けてあります。
エネファームは都市ガスなどを利用して自家発電する装置で、天候などで発電量が左右される太陽光発電を補完し、発電時に発生する熱で給湯も行います。T様邸ではバスルームに断熱浴槽を採用し、床下の基礎断熱との二重断熱で、冬の朝でも前日のお湯の温かさが残っているそうです。
気になる省エネ実績ですが、2010年4月から2011年3月の1年間で、T様邸では実際に使ったエネルギー量と太陽光発電などで生み出したエネルギー量の差が24.1GJと、一般家庭のエネルギー使用量と比べて約70%もの削減となりました※3。金額にすると、削減どころか1年間で約2万円の利益が上がっています。光熱費よりも太陽光発電による売電の収入のほうが上回った結果です。CO2排出量も一般家庭の40%程度※4と、先進的な省エネ住宅であることが立証されました。
※3 GJ(ギガジュール)はエネルギーの単位。一般家庭の年間消費エネルギーは約83.1GJ(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構調べ)
※4 一般家庭のCO2排出量は年間3,271kg(温室効果ガス インベンストリオフィス調べ)。T様邸は1,350kg
これだけさまざまな機能が盛り込まれたT様邸ですが、外見も屋内もすっきりとして、設備類が視界に入ることはほとんどありません。「テクノロジーの恩恵のみ受け取り、テクノロジーの存在を感じさせない」ことをめざされた結果です。
太陽光発電システムに不可欠なパワーコンディショナー(直流を交流に変える機器)やHEMSの本体は分電盤と一緒に玄関脇の納戸に収納。キッチンの冷蔵庫や調理器具、洗面室の洗濯機、和室のデスクなども壁のように見える引き戸の中に隠されていて、生活感を感じさせない広々とした居住空間を生み出しています。
実際に丸1年以上この家にお住まいになってT様は、「冬でも室内は25℃程度あって床暖房しか使っていない。ここまで暖かく快適に暮せるというのは、予想外のことだった」とおっしゃいます。奥様も「(節電の我慢など)無理せず快適に暮せるので大満足。設備を見えなくする工夫なども、設計段階でよく要望を聞いていただいたおかげです」とうれしそうなご様子です。
所 在 地 |
: |
愛知県春日井市 |
監 修 |
: |
名古屋大学恒川和久建築研究室 |
設 計 |
: |
笹野空間設計 |
設 備 設 計 |
: |
中部大学田中英紀環境設備研究室 |
施 工 |
: |
誠和建設 |
構 造 |
: |
木造軸組工法、一部鉄骨造 |
敷 地 面 積 |
: |
243.99㎡ |
建 築 面 積 |
: |
87.94㎡ |
延 床 面 積 |
: |
140.35㎡ |
竣 工 |
: |
2010年4月 |
工 期 |
: |
180日 |
クール&ヒートチューブ、IHクッキングヒーター、床暖房、HEMS
太陽光発電システム・家庭用燃料電池