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埼玉県越谷市の市街地から車で数分走ると、一気に視界の開けた田園風景が始まります。そんな田園風景の中にあるM邸。美容師のご主人と、専業主婦の奥様、愛犬のミニュチュアダックスフンド2匹という2人と2匹の一家が暮らす住まいです。2階建てなのにデッドスペースになりがちな階段や廊下のないM邸は、住居部分が階段状の床で、ベンチのように腰を下ろすこともあれば、通路やテーブルにもなる、使い方の幅の広い床が特徴です。居る場所によって目線の異なる様々な景色を楽しめるM邸をご紹介します。
水田に囲まれ、目の前は道路に面するM邸は、階段のない2階建て。以前は奥様のご両親所有の一軒家に住んでいたMさんご夫妻ですが、4年前くらいから建物の老朽化を理由に新居を構えることを検討することになりました。奥様の実家にも近く、両親が所有していたこの地に新居を建てることが決まったものの、「これだ」という依頼先が見つからないまま月日が経過。漠然と新居について考えている中、建築家の設計した住宅を目にする機会があり、奥様がたいへん気に入り、M邸建設への第一歩を踏み出すことになりました。
建築家のホームページをチェックし、その後コンタクトをとり、M邸の設計が具体化していったのです。
以前は水田だったこの地に足を運んだ建築家は、周囲の風景を壊さない外観、そして遠くまで見渡せる風景を生活に取り入れた景観を楽しめる設計をしようと考えたと言います。
設計段階で施主のMさんからの要望は、ただ一つ。「ムダな廊下をつくりたくない」ということのみ。それに応えた建築家の提案による、階段や間仕切りなどのスペースのない2階建てを建てることになりました。
リビング・ダイニングエリアには一切家具はなく階段状になった床面をテーブルやイスとして活用。
目の前に広がる棚は見せる収納として本棚に。
住宅の南東側にある玄関は、バリアフリーを第一に考える最近では珍しいくらいの段差があるものの、実はこの高さは座って靴紐を結んだり、ブーツを履くのにちょうどいい高さ。20代の奥様と30代のご主人には使い勝手のいい段差です。
そして中に入ると、目の前を遮る物が何もなく反対側の壁まで見渡せるLDKの空間、ワンルームのような状態になっています。
建物を東西に分けるように連なる本棚が緩やかに空間を分けています。部屋の中央から西側には自然光を取り込み、外の景色を楽しめる大きな窓のある、寝室スペース、バス・トイレ・洗面スペース、東側にはLDKスペース。東から西に向かって、奥行き910mm、ちょうど畳の短辺と同じという間隔でつながる階段状で床が続いています。
一般的な階段ではなく、「階段や廊下というだけでスペースを使いたくない」という施主の要望に対し、階段状の床は、時にはテーブルに、時にはチェアに、飾り棚にと使い手次第で表情を変えます。その階段状の床は、床面とともにラワンベニヤを使用して統一感を出しています。
LDKから寝室へと行き来する部分は、段差を小さくするために、少し濃い色をつけた踏み台を置いてアクセントにしています。
立つ位置により視界が変わり、その時の気分で腰を下ろす場所を変えれば、窓の外に広がる景色さえ変わって見えるという不思議な空間です。Mさんは、「その日の気分で、自分の居場所を決め、大好きな読書をする時間がとても気にいっている」とか。
自分の居る場所によって天井高が3.8m〜2.0mと変わるこの空間は、視線の高さが変わることで、毎日目にする同じ物、風景でも見え方が変わってくるという不思議な感覚を味わえ、景色を楽しむことができます。
階段状の床は、テーブルにもチェアにも、作業台にもなる。
視線を遮るものがなく、大きな窓と天井の高さで開放感あふれるLDK。
階段の機能を持たせた床を生活空間の一部として活用すること同様、この家に入って目を引くのが、部屋の中央部にある天地いっぱいに作られた収納棚です。現在は、その多くが、Mさんが読んだ多数の本や仕事関係の資料を収納する本棚になっていますが、板の高さを調節することで、本棚以外にも多目的に活用できるように設計されています。また、最上段は通気ができるようになっているので部屋全体の通気を遮ることがありません。
この棚は、「人は曲線を描くように動くから、その動きに合わせて直線ではなく、うねりを意識した」と言う建築家の言葉どおり、湾曲を描いています。LDK側も寝室側も両面が収納棚になっています。収納棚に加え、間仕切りの役目や耐力壁も兼ねる、M邸の構造の安全性を支える要の部分です。
また、直線ではなく、うねりのある形状にすることで、広さを確保したい寝室スペースを広く、逆にあまり広さを必要としないバス・洗面スペースは狭くなるように、ゆるやかな曲線を描いています。
LDKも階段状の床と収納棚の湾曲を組み合わせた広さを確保した空間です。調理台にもなるカウンター部分の高さは背の高い奥様に合わせ850mm、自分サイズの高さで使い勝手がよく大満足されているそうです。
ワンフロアでも調理のニオイなどが気にならないスタイリッシュなキッチン。
部屋の仕切りも兼ねたうねりのある収納棚。
M邸は、床全体が階段状という個性的な空間です。玄関から広がるLDKから階段状でつながる寝室・バス・トイレ・洗面は、2階部分になります。収納棚の部分から西側の寝室・バス・トイレ・洗面部分が1階のフリースペースを乗り上げるような形になっています。
LDKスペースにあるドアを開けると、多目的に使えるようフラットな空間にした1階のフリースペースへ。コンクリートの打ちっぱなしの床に、西側には大きな窓、そして東側の壁になるセンター部分には、うねりの収納棚が作られています。
道路に面する西側は天井が高く、棚のあるセンター付近に向けて天井が低くなっていくつくりで、高いところで3.9m、一番低い棚の部分で1.5m。天井の高い西側には上下に複数のはめごろしの窓を取り入れ、外から中が見えることなくデザインしながらも、しっかりと自然光が差し込んできます。
また、天井の高さに合わせてダウンライトの照度を変えるといった工夫もあり、適材適所に必要なあかりが届くようになっています。
今は、ホームパーティーで使うなど、セミパブリックスペースとして活用。お客様がそのまま入れるように住宅スペースとは別の入り口も設置しているので、招く側も招かれる側も気兼ねなくくつろげると言います。さらに、この空間が交通量の多い道路からの騒音の緩衝帯となっていて、生活スペースではあまり騒音を気にすることもありません。
自然光が降りそそぐ大きな窓のある2階西側。手前が寝室、奥がバス・トイレ・洗面スペース。
1階のフリースペース。ランダムに配された窓から自然光が差し込む明るい空間。
2階の階段状の床を昇ると、収納棚の裏側には、南西側に寝室スペースと衣服などの収納、北東側にバス・トイレ・洗面スペースがフラットに並び、西側は全面ガラスの大きな窓、その先はウッドデッキのバルコニーへと続きます。バルコニーも階段状になっていて室内から空に向かって伸びるように続いていくような演出です。
この景色を眺めながらのバスタイムは、カラスの行水のように入浴時間が短かったという奥様がいつの間にか長風呂になっていると言えば素晴らしさはお分かりでしょう。ガラス張りでカーテンもないこのフロアは、階段状のテラスがあることで、外からはまったく家の中が見えることなく開放感を満喫できるスペースです。
一軒の家でありながら、セミパブリックとプライベートに空間を分け、プライベートスペースはワンフロアながら機能的かつ自然にスペースづくりをしているM邸は、「今の生活をどれだけ快適に過ごせるかを大切に考えました」という施主のMさんの言葉どおり、今、夫婦2人の生活を快適にスタイリッシュにするための多くの工夫が詰まっています。
「風景は自然本来の物ですが、景色は自然と人工の力を合わせた設計をして造られるものだと考えています。M邸は、平面ではなく“積層の景色”をコンセプトに、自分の居る場所によって見える景色が変わり、空間が変わるそんなテーマを形にした家です」と建築家は言います。 M邸はどこからみても同じ景色のない階段状の家から、積層の景色を眺め、素材の触感や空間の質感を感じながら穏やかで優雅な「家時間」を満喫できる家です。
2階北側に水まわりを集中。裏側に当たる北東には、キッチンがある。
露天風呂感覚で開放感を味わえるバス空間は、ドアのないオープンスペース。
所 在 地 |
: |
埼玉県越谷市 |
設計・監理 |
: |
ライフアンドシェルター社 |
施 工 |
: |
創和建設 |
構 造 |
: |
木造/地上2階建て |
敷地面積 |
: |
424.21m² |
建築面積 |
: |
119.25m² |
延床面積 |
: |
138.11m² |
竣 工 |
: |
2007年9月 |
工 期 |
: |
180日 |
24時間換気システム、ダウンライト、スポットライト