( interview )
築50年を超える戸建住宅を猫と暮らす家にリノベーションした賃貸物件「ecoねこハウス川越」。住まう猫と人がともに快適に過ごせる工夫が詰まっている。
手がけたのは、猫との住まいの専門家で一級建築士・猫シッターのいしまるあきこさん。「ねこのいえ設計室」「ねこのいえ不動産」を運営し、ご自身も築50年を超える木造戸建住宅に保護した6匹の猫と暮らす。留守宅に行って猫のお世話をする猫シッター「ねこのいえ」も行い、古い建築の保存活動にも取り組む。
猫の習性に詳しく猫との住まいを専門とするいしまるさんに、物件のこだわりとともに、猫と暮らす家づくりのポイントをうかがった。
ともに快適に暮らす
──猫との住まいを設計する際に、大事にしていることはどんなことですか?
いしまる: 猫も人も無理をしないことです。猫と暮らす人は、猫だけのことを考えてしまいがちで、たとえば、冷たいエアコンの風を嫌がる猫さんのために、冷房を30度に設定しているご家庭もあります。でも、猫さんが快適でも、人が不健康になってしまっては、猫のお世話もできなくなって本末転倒です。猫も人もどちらも心地よく過ごせることを大事にしています。
──猫も人も一緒に健やかに暮らす。その視点をどのように設計に落とし込んでいるのでしょう?
いしまる: いろいろとありますが、たとえば、この「ねこだな」と呼んでいるものは、猫のキャットウォーク・ステップであり、人も使える棚です。猫専用ではなく、猫と人が一緒に使うのでお互いの距離も近くなりますし、もし、猫が使えなくなったとしても人が棚として活用し続けられます。猫と暮らす住まいですから、猫と人が仲良くなりやすい工夫をしています。「ねこだな」を登った先に外が見える窓があるので、自然と猫さんが登ってくれるような配置にもしています。
この「ねこだな」の猫にとっての使いやすさのポイントの1つは、地味ですが方立があることです。方立は猫が降りる際の手すり代わりになるので、猫にとっての安心感が生まれます。さらに、猫の通り道と人の物を置く場所を区切ることができるので、オープンな棚であっても猫の手が届きにくいスペースも確保できます。
人と猫にやさしい「eco」な家
──なるほど!そうした工夫が散りばめられたこの物件「ecoねこハウス」はどんなコンセプトで設計されたのでしょう。
いしまる: 「ecoねこハウス」は、家主がミツウロコグループの株式会社サンユウさんです。エネルギー系の事業を手がける会社さんの空き家再生事業の一環で、空き家をねことecoという切り口で再生して、猫と暮らす方専用の賃貸住宅にする取り組みを進めています。ここ、「ecoねこハウス川越」は、その第一弾です。
「eco」には「ecology」と「economy」のふたつの意味が込められています。まず、築50年を超える木造の空き家を再生し、古家を活用すること自体がエコにつながります。
ですが、古い家は断熱材が入っていないことが多いので、夏は暑く、冬は寒くなりやすく、そのままでは快適とは言えません。ここでは、外部に面する床・壁・天井すべてに断熱材を入れて、窓は二重窓かペアガラスに交換して断熱性能を高め、快適に過ごせるようにしています。
猫に限らずペットと暮らすご家庭は、一年中冷暖房を付けっぱなしにすることが多いので光熱費が通常よりも高くなりがちです。断熱することで、猫との住まいでも光熱費や環境負荷を抑えることも狙っています。
今日も外がとても寒い日ですが、1階のリビングダイニングと2階の洋室の2台のエアコンだけで、家全体があたたかく快適に過ごせています。
壁の仕上げは漆喰にしています。調湿・脱臭効果にも優れていて、硬いので猫の爪研ぎがされにくいので、私はよく使用しています。塗料も自然塗料を選んでいて、猫さんがなめたり、かじったりしても安心です。
断熱材を入れる際にやりかえた壁の下地材も石膏ボードではなく、将来的に取り壊すときの環境負荷も意識して、割高ですができるだけ合板にしています。合板を下地にすることで、耐震性能も高めています。
これから「ecoねこハウス川越」には、猫さん2匹と暮らす漫画家さんが引っ越してきます。家でお仕事をするので家にいる時間がとても長いため、猫への配慮と家の快適性から、ここを選んでくれました。
──環境にもお財布にも、人にも猫にもやさしい家ですね。
いしまる: 猫も人も快適に、という点で言えば、1階と2階それぞれの収納下に猫トイレを置けるスペースを用意しています。ここは3匹までの猫さんと暮らせる賃貸住宅ですが、理想の猫トイレの数は頭数+1個で、3匹なら4個の猫トイレが置けるようにスペースを確保しています。猫同士の仲が悪いと、猫トイレ周辺で待ち伏せが起きてケンカなどトイレはトラブルのもとです。2箇所に猫トイレ置き場を分けていればトラブルも起きにくく、全ての猫が我慢せず使えます。猫の平均寿命は15〜16歳ですし、猫の健康管理においてもトイレは重要なので、猫トイレ置き場は仮の場所ではなくしっかりと設けています。
いしまる: 2階の洋室と和室にある「ねこだな」の上の壁に2部屋を行き来できるくぐり抜けができる丸い穴を開けています。和室からは蓋をして閉じることもできます。和室はリモートワークで集中したいときや多頭飼育で1匹を病気で隔離しないといけないとき、新入り猫さんをお迎えするときなど、猫の出入りを制限する部屋としても利用できます。
窓には縦格子をつけていて、脱走を防止しつつ窓を開けて外のにおいを嗅いだり、音を聞いたり、窓からは動くものを見たり、猫さんにいい刺激を与えられるようにしています。動体視力と嗅覚・聴覚がいい猫にとって、動く物が見えて、音やにおいが入ってくる窓は楽しい場所になります。
「握り玉」にするだけで
──細部にまで猫との暮らしの配慮がなされていますね。ほかにこだわりはありますか?
いしまる: こだわりの1つはドアの使い方です。まず、玄関は脱走防止のため二重ドアにしていて、玄関ドアの前にガラス面が大きい室内ドアを設けています。玄関からドアのガラス越しに家の中が見えるので、出かけるときは猫さんがお見送りをする姿が、帰宅したら猫さんがお出迎えしてくれる姿が思い浮かびます。
ハンドルは猫さんが自分で開けられないように握り玉を選んでいます。レバーハンドルだと開けてしまう子がいます。握り玉にすることで、猫さんに「ここは開けられないドア」とか「この先は入ってはいけない部屋」と伝えることができます。猫さんは学習する動物なので、このドアは開けられないとわかったら、諦めて開けようとしなくなります。
──自分で入ることができないと猫も学習していくのですね。ドアの色味やデザインはどのように決めたのでしょう?
いしまる: 今回、ドアや収納扉はパナソニックさんのVERITIS(ベリティス)を使用して、ドアのハンドルは黒色の握り玉(B1型オフブラック色)、ドア本体の色はすべてチェリー柄にしました。チェリー柄はカラーサンプルを見ながら、既存の柱の色と1階のグレーの床の色にも馴染むものという視点で選びました。デザインは、玄関につながるドアはお迎えしてくれる猫さんがよく見えるように透明な大きめのガラスがあるドア(MC型)にして、玄関近くの洗面所のドアはガラス戸にドア面が似たデザイン(DB型)にしています。賃貸住宅なのでほかは価格を抑えたシンプルなドア(PA型)や収納扉を選びました。ハンドル類は黒色で統一しています。
こだわりは、ドアと猫トイレの上の収納棚、クローゼットの扉の上端を合わせたことです。上端の線を同じにすることで見た目が美しくなります。上端に合わせながら猫トイレ置き場の高さを確保するために、収納棚の高さだけ特注しました。
古い家の建具はもともと低いので、垂れ壁を一部撤去してドアを取り付けていますが、ドアを変えることで現代人の背の高さに合わせられます。
古い家ですから、壁をやりかえても元の柱が見える真壁(しんかべ)を活かしています。本来、古い家の建具は柱と柱の間で出っ張らずに納まっていますから、新たに入れるドアも柱よりも枠の見込みが小さいものをあえて選んで、ドア枠が柱よりも出ないようにしてスッキリ見せました。
活用法
──さまざまなこだわりを聞いてきましたが、猫と暮らす人がリノベーションをするとして、何から導入するのがいいのでしょう?
いしまる: 部分的なら、ドアを交換するのが一番効果は高いですね。例えばレバーハンドルのドアから握り玉のドアに替えるだけで、猫さんが入れる部屋と入れない部屋を明確にすることができます。どのご家庭でも、猫さんには本当は入ってもらいたくない場所というのがあると思いますが、ドア1枚を替えるだけで、それを猫に対してきちんと伝えることができます。それだけでも猫との暮らしがより快適になると思います。
今回は2階洋室のドア横の壁に猫さんが通り抜けられるくぐり抜けの穴を設けました。
「ペットドア」は、くぐり抜ける時に猫さんがのれんに頭を押し当ててくぐる動作をとりますが、のれんがかたいと嫌がったり、のれんが動く時にガランガランと大きな音がしてこわがったりして、ペットドアが使えない子もいます。ペットドアを設けただけでは使えないことが多いので、使えるように訓練が必要ですが、必要性を知らない方も多いです。
こういったことから、私がずっと欲しかったのが、のれんが取り外せるペットドアです。今回、パナソニックさんの「わんにゃんSmile」の中でつくってもらいました。いままで選択肢がほとんど無かった引き戸のペットドアも同時につくられています。
のれんを外せることでペットドアに慣らしやすいですし、のれんがどうしても苦手な子でも、のれんを外しておけばくぐり抜けはできるので、ペットドアが無駄になりません。
ペットドアは、握り玉とは逆に猫さんが入れる場所を示すのに役立ちます。それに猫さんのために人がわざわざドアを開ける手間も省けて、開けっぱなしも防げます。
猫との住まいにおいて、ドアは重要アイテムです。仕事部屋やパントリー、寝室など人によって猫さんに入ってほしくない場所は異なりますが、ご自身の住まいに合ったかたちでぜひドアをうまく活用してほしいですね。
古い家を活用しながら、猫と人がともに心地よく過ごす工夫をたっぷり語ってくれたいしまるさん。ベリティスでは、いしまるさんの知恵とこだわりを取り込んだ空間づくり「わんにゃんSmile」を提案している。ペットドアもその一つとして、猫と人がともに快適に暮らせる家づくりを新開発した。
「わんにゃんSmile」では、ペットドアのほかにもインテリアカウンターを活用したキャットウォーク・ステップや滑りに配慮し、犬・猫が映える床材など、今回紹介したノウハウを活かした新商品を展開中。現在、わんにゃんSmileの新商品を取り入れた、いしまるさんが運営する保護猫スペースのリノベーションが進んでいる。完成次第、空間解説もお届けするのでお楽しみに!
わんにゃんSmile
https://sumai.panasonic.jp/interior/wan-nyan/
設計・施工:一級建築士事務所ねこのいえ設計室
一級建築士・猫シッター。住まい兼仕事場「羽田ねこのいえ」で自ら保護した6匹の猫たちと夫と暮らす。代表を務める一級建築士事務所ねこのいえ設計室では、建築士の視点で猫と犬との住まいの設計・アドバイスと小規模リフォームの施工も。猫と犬の行動や習性をふまえ、人と猫と犬がバランスよく快適で安全に暮らせる住まいを提案している。