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“住まい環境の憲法”と言われる「住生活基本法」が施行されました。これまでの「量」の確保から、住宅の「質」の向上へと目標を変えた「住生活基本法」。それは、住宅のみならず住環境の整備までも視野に入れた幅広い理念です。「住生活基本法」は、今後、住宅に関する国の法制などを立案するための基礎となります。実際に、私たちの住まいはどう変化し、生活にどのようなメリットを享受できるのでしょうか。そこで、「住生活基本法」の成立に携わられた、横浜国立大学大学院教授の小林重敬氏に話をお聞きしました。
「住生活基本法」制定の背景は何ですか?
かつて日本の住宅政策は、「量」の確保を追求していました。と言うのも、戦後の日本では、420万戸もの住宅が不足していたからです。
昭和30年代の高度経済成長期に入ってからも住宅不足は続きました。大都市に人口が集中したためです。政府は、住宅の「量」を確保するために、昭和41年(1966年)に「住宅建設計画法」とそれに基づく「住宅建設五箇年計画」を策定しました。
ようやく住宅戸数の不足が解消されたのは昭和50年代になってからです。高度経済成長が終わり、やっと大都市への人口流入が減少しました。 「量」が充足されることで、今度は住宅の「質」の問題が注目され始めました。そこで従来まで行われてきた、取り壊しては建て直すという住宅供給の流れから、質の高い住まいに長く住む、という発想の転換が求められるようになったのです。これが「住生活基本法」制定の背景です。「住生活基本法」が目指すのは、まさしく質の高い住宅をつくり、それをストックし、世帯や世代を超えて長く大切に使うことです。
今までの「量」から「質」が求められる住まい。住まい手にとっても、質の高い住まいの実現が可能。
実際に“欠陥住宅”などはなくなりますか?
住宅の「質」と言っても、そこにはいろいろな要素があります。例えば、「耐震強度偽装事件」でクローズアップされた住まいの安全性も「質」の大事な要素です。
「住生活基本法」では、それに基づく「住生活基本計画」を策定し、具体的な「成果指標」を設定しています。住まいの安全性という問題なども解決すべき「成果指標」となっています。
具体的には、新築住宅において、安全で質の高い住まいであることを第三者機関が認定する「住宅性能表示」の実施率をアップすることも目標のひとつです。平成17年には16%だった実施率を平成22年には50%にすることを目標にしています。こうした「住宅性能表示」などの適切な情報公開により、住まいの信頼性は大きく向上します。
また中古市場においては平成27年度までに、新耐震基準適合率を90%に、共同住宅の共用部のユニバーサルデザイン化率は25%に、そして地球環境も視野に入れた省エネルギー対策として二重サッシ等の使用率を40%に高めることなどを目標としています。
“欠陥住宅”が少なくなるばかりではなく、中古住宅を含めた住宅の質の向上のための対策が積極的に行われています。こうした対策は住まいにおいてスタンダードな基準です。「住生活基本法」の目指すものは、こうした基本をクリアした上で、もっと豊かな「質」の高い生活を築くことにポイントが置かれています。
「住宅性能表示制度」など、住まいの安全性などが目に見えるカタチに。
これから住まいづくりを考える人にどのようなメリットがありますか?
「住生活基本法」で重要なのは、「市場重視」と「ストック重視」という考え方です。「市場重視」と言うと難しそうですが、これは住宅に関する適切な情報が私たち消費者に提供され、私たちの選択を通して、多様化・高度化するニーズが実現されていくということです。つまりこれからの住宅は、画一的なものから、市場ニーズが求める個性的なものへと展開することが期待されます。
もうひとつの「ストック重視」とは、良質の住宅ストックを実現し、それを適切に維持管理して将来には良質な中古市場を作ることです。今までの日本の住宅政策において、中古住宅市場はほとんど無視されてきました。日本人の生活様式が急激に変化し、住宅もすぐに流行遅れになることが分かっていたからです。
しかし、中古市場にストックされている住まいが適切に維持管理され、質の高いものであれば、住み替えはスムーズに行われます。そのためには、中古住宅の性能が分かるような情報開示の仕組みづくりも大切です。
「住生活基本法」では、こうした整備を行い、資産として「ストック」された住宅を活用します。中古住宅、リフォーム市場が注目されている理由はここにあります。
こうして住まいは、次の世代に引き渡せる社会的な資産としての価値を深めるのです。 つまり中古住宅でもしっかりメンテナンスされていれば、適正な価格で売り買いが可能になります。これにより、若いうちは通勤に便利な都心部のマンションで暮らし、結婚して子どもが生まれるとより広いスペースを求めるため納得のいく価格でマンションを売り、郊外に質のよい中古の戸建てを購入する。やがて子どもが独立して高齢になると、再びさまざまな設備が充実した便利な都心の中古マンションを購入する、といった変化に応じた住み替えが容易になります。
多様化するニーズに応えることで、良質な住まいが増え、選択肢も広がる。
住まいの周辺環境にはどのような好影響がありますか?
「住生活基本法」は、豊かな「生活」のために住宅を考えようとする理念です。したがって住宅を単なるモノとしてではなく、居住サービスとして総合的に捉えることを目指します。 住環境という発想がそこから生まれます。住宅は個人の生活の場であるとともに、周辺環境の整備や街づくりと密接な関係があるからです。
「住生活基本法」では、地域の実情に応じて良好な居住環境を確保するためにいくつかの水準(※1)を設けています。そして、安心・安全、美しさ・豊かさ、自然環境の保全や防犯・防災の整備、また住職近接の実現、農地と住宅地が調和した街づくりなど、地域に応じた環境維持や向上を図ります。
そうした街づくりの例としては、茨城県つくば市の中根・金田台地区が上げられます。ここでは住宅と農地を並存させた景観緑地を計画しています。また東京八王子市にある「みなみ野シティ」では、電線類を地中化することで、バリアフリー面や防災面での安全性を確保するとともに、視界の開けた開放的で美しい街並みが誕生しています。このように立地(駅に近いなど)だけで評価するのではなく、魅力的な街づくりによってそのエリアの価値が高まり、そこに立地する住宅の価値も高まっています。
電線類が地中化された戸建住宅の街並み。明るく開放的な景観に(八王子市・みなみ野シティ)。(*)
(※1)「住生活基本法」では、
地域の実情に応じた良好な居住環境の確保のために、
次のような水準を設けています。
(*)印の写真は、©独立行政法人 都市再生機構